ミエのカーテン

ももいろクローバーZが好きなピンクのモノノフです

有安杏果という『モノノフ』の恋人と、そうなりたくなかったわたし

これを書いている今日は2018年1月23日。
ももいろクローバーZの、有安杏果の卒業から2日後です。

今は、ももクロの多くのファンが、心の喪を、それぞれのやり方で過ごしている期間だと思います。
雨雲を晴らすように眩しい4人の姿に安心している人たちも、その眩しさにまだ明順応できない人たちも、立ち去ろうとしている人たちも、それぞれいると思います。

わたしはというと、4人にとっての『モノノフ』になることを決めました。
『モノノフ』として、あーりん推しなのでピンクのサイリウムを、百田夏菜子の目印として灯すことに決めました。
国立での約束通りに。

その為の、心のお葬式をします。

今から酷いことを書きます。
ももクロとファンのみなさんが、前を向こうとしている今のこの時期に、野暮で、愚鈍で、辛いことを書きます。
読む人を傷つけることもあると思います。
感傷に塩を塗る行為かもしれません。

それでも正直で赤裸々な言葉を人目のつくところに置いていかないと、わたしの心は前に進めません。
謝ればすむことなんて本当はあんまり無いし、先に謝るなんて愚かだけれど、謝ってから話を始めます。
ごめんなさい。


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まずは有安杏果さんへ。

有安さん、8年間、そして22年間、お疲れ様でした。

あなたがももクロでなくなることを知らされた日から、わたしはあなたに言いたいことが洪水のようにあふれかえって、毎日泣いていました。

わたしはあーりん推しだから、それまでは、ここまで心の柔らかいところを杏果にも預けていたことには、2018年1月15日の12時までは、気付いていませんでした。

気付いた時には手遅れでした。
もう全部が終わりでした。


わたしは、ももクロと出会ってから、長い長い恋をしていたように思います。
夢という恋を。
それは、二度と得られないはずの、青春の疑似体験でした。

週末ヒロインと名乗る女の子たちは、わたしのヒーローでした。

プリキュアとか、セーラームーンとか、そういう強くて可愛い、戦う女の子たちが現実に居ることを知って、全身でその世界に陶酔し、自己投影をし、夢を叶えて貰ってきました。
おんぶに抱っこで。

5人の女の子たちの青春を消費していることに、少し罪悪感がちらつきながらも、本当には向き合ってきませんでした。


だから、杏果の卒業、という言葉を見た瞬間、ごめんなさい、って思いました。

杏果、あなたはこんな言葉は望んでいないはずだけれど、ごめん。

今までこんなにも重たい、呪いにもなりかねないほどに重たい想いを、夢を、あなたに背負わせ続けて、ごめんなさい。



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杏果へのごめんなさいと同時にわかったのは、彼女たちは生身の女の子だ、ということだった。
あの時、ほんとうに、ほんとうに、初めてわかった。
5人は生身の女の子だった。

わたしは、アイドルはファンタジーだと思ってた。
ファンタジーに恋をしていた。
自分の想いさえあれば、それがずっと続くと疑いもせず、終わりを見つめるなんてしようともしない。
できなかった。
多くの恋がそうであるように。

1月21日の卒業ライブの直前、喪うことが怖くて怖くて、心の底では杏果が憎くて、憎いと思いたくなくて、好きな人をそんなふうに憎む自分になりたくなくて、幕張新都心で雲ひとつない空ばかり見てた。
なんて青空なんだろう、って見てた。

ももクロの曲の中でわたしの心に強く焼き付くのは、空という文字が出てくる曲が多い。

幕張新都心の空を見ながら、杏果が居なくなることで、すべての歌の意味が変わってしまう、と思ってた。
そのことが何よりも憎かった。

杏果は、わたしたちから杏果だけじゃなく、わたしが恋して愛してきた、だいすきな歌たちを奪っていってしまう、と。

ももいろクローバーZが、それを取り巻く全てが、変わってしまう。

わたしは、有安杏果はそういうものも引き受ける覚悟で、卒業を発表したときにはもうすでに、全てを超えた笑顔でいるのだと思っていた。
思いたかった。

そして、あのライブを見て、思った。

ちがう。

ちがう、あれは、あの笑顔は、捨てていく者の清々しさだ。

受け入れても超えてもいない。
自分自身は傷つき終わって、苦しみ終わって、覚悟も決意も終わって、ただただ去るその時の、美しささえ孕む無責任で残酷な笑顔だ。

あんまりだよ。

有安杏果は、一人で、本当に一人で、決めてしまった。
そのことが、とても寂しいし、悲しいし、裏切りだと思った。

なんでだよ。

わたしは、ちゃんと苦しませて欲しかった。
ファンのことはいい。
百田夏菜子玉井詩織佐々木彩夏高城れにの4人に、話をして、苦しむ時間を、さよならの猶予を与えて欲しかった。
あーりんは最初に怒って言ってくれたけれど、夏菜子ちゃんは最後の最後にしか言えなかった。
それも許せなかった。

ももクロの核、ももいろクローバーZの体現者である百田夏菜子へ突然突きつけた、死刑宣告じゃないか。
杏果こそが戦犯なのに、と思った。

4人に打ち明けて欲しかった、というのは、一人で抱えるな、なんていう生易しい意味じゃない。
杏果自身の選択が、言葉が、他の存在を、杏果にとって大切なひとほどを苦しませる、その責任を負って欲しかった。

それをしないのは、裏切りだと思った。

裏切る側は、裏切られる側のほうなんか顧みない。
裏切られる側が視界に入ってしまえば、それが裏切りだと知ってしまえば、裏切れない。
誰だって裏切り者になんかなりたくないから。

自分を裏切り者と思って裏切り者になれる人は、そうはいない。

そして裏切りは相対性ではない。
絶対性だ。
裏切られた側にはいつまでも裏切りが残る。
でも、こちらが裏切り者と決めつけた相手には、裏切った事実なんかなかったりする。
裏切ってごめんとか何とか、口では言っていても。

どこまでも成り立たない気持ち。
どうやっても等価にはならない関係。

わたしも、人を裏切ったときはそうだった。
裏切られたときも、そうだった。

わたしの母も、一人で決めて、一人で去った人だった。
わたしが10歳の時に、絶望的な方法で突然この世から居なくなった。永遠に。
その穴は一生埋まらない。
喪失の風穴なんて空いていくばかり。増えていくばかり。
生き長らえるほどに、喪ってゆくばかり。

そのことを、残される者の気持ちを考えることを辞めたとき、本当に人は自由になってしまうのだと思う。

糸の切れた風船みたいに、自由に、飛んで行ってしまう。
あの空に。
あなたの好きだった空に。


有安杏果は、生きながら空に行ってしまった。

1月21日の幕張メッセのステージで、緑色が消えた時、ももいろクローバーZ、という名前で5人が並んでいたはずの景色が、あーりんの隣が、空っぽになってしまった。

杏果を好きだった誰もが、有安杏果という恋人を失った瞬間だった。


あの時わたしは、4色になった景色を見ながら、茫然と、何も聞こえなくなってしまっていた。
緑色の居ないステージだけが見えていた。
4人が何か言っていた。
何にも聞こえなかった。
そして、聞こえなくなっていた耳に突然、慣れ親しんだ曲のイントロが容赦ない勢いで入ってきた。

あの空に向かって、のイントロだった。

無理だった。

気付いたらわたしは、隣に居た連れに、「ごめん、先に抜けて外で待ってる」と言っていた。
そしたら連れは顔を歪めて数秒間、逡巡したあと、「みえちゃん、わたしここに居たくない」と言った。


この連れは、わたしに、ももいろクローバーZの存在を教えてくれた大切な友達で、杏果の卒業を受け入れられず、今回の卒業ライブに申し込まなかった人間だった。
行きたい、行きたいけど仕事だから、と。

わたしは迷わず卒業ライブのチケットを2枚で申し込んでいたから、その連れに、「どうしても仕事を休めないか」と、しつこく聞いていたという経緯があった。
他の人に譲ることも考えて、実際に他に声をかけたりもしてた。

でも生憎というか何というか、連れて行きたいと思っていた人は、みんなチケットを確保していた。
譲り手は他にもあったけれど、諦め悪く直前にまた、これで聞くのは最後、と思って、その連れに「どうしても仕事を休めないか」と聞いた。

そうしたら、そいつは、最後の最後で、行く、と決めた。

わたしに、ももいろクローバーZを教えてくれた友達を、わたしたちの見てきたももいろクローバーZが終わる瞬間に連れて行ける、そのことが何よりも頼もしくて誇らしくて辛くて、こんな日が来るなんて、と、繰り返し思ってた。


その連れが、あの空が流れる中、「ここに居たくない」と言った。
迷わず会場の外に出た。
出口に向かう最中、わたしはずっと下を見ていた気がする。
幕張メッセの灰色の床は覚えてるから。


わたしたちは、杏果の居ないももいろクローバーZから逃げました。


あの場から逃げたことは後悔していない。
そうするしかなかった。
そうしないと自分の心を守れなかった。

わたしと連れは、ライブ会場から逃げ出してからは終始無言で、クロークの前で荷物を整理しながら、そのまま別れた。


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わたしはライブ後に、自分が主催するオフ会を企画していたから、ライブからは逃げ出せても、ライブ後のそこからは逃げようがありませんでした。
こんな状態で無理だ、やりたくない、誰とも会いたくない、逃げようか、投げ出そうか、そんな風にずっと思いながら、責任感だけでお店に向かっていました。

結果、オフ会については、やってよかったです。

いろんな人たちの言葉を聞いて、自分の言葉も聞いてもらって、持っていたくない気持ちをたくさん出して置いて行けました。
いらないものをたくさん捨てたら、大切にしたいものだけが見えてきました。

みんなが有安杏果という恋人を失っていたことがわかって、とても救われたんです。

そして、そのオフ会をやったことで、モノノフっていいなって、初めて思いました。

正直に言うと、わたしはモノノフ自体はそんなに好きではなかったんです。
友達として好きな人はたくさん居るけれど、その人たちのことを表現するときも、『モノノフ』という単語はあまり使って来ませんでした。

『モノノフ』という単語を使って来なかったその理由は、気恥ずかしさとか気後れとか、一言で括られたくないという反骨精神とか、ちっちゃい抵抗がたくさん重なって、他にもよくわからない表現しがたい違和感があったから。
だから、ももクロのファン、という言い方をすることが多かったです。


今は、『モノノフ』という4文字の意味が変わりました。

変わったとき、ああ、始まりはみんな、ももクロに恋をしたんだなって、恋をした人の集まりが『モノノフ』なんだなって思いました。
だから世間一般から見たらこんなに気持ち悪いんだな、というのにも合点がいって、自分の『モノノフ』への抵抗感にも納得がいきました。
だってわたし、5人の若い女の子たちに恋してるおばさんであること、認めたくなかったもん。

でも、恋してたんだよな、って。思った。



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ももか。

あなたに恋した人たちは、あなたに豊かなものをたくさんもらいました。
夢の喜びも、失う悲しみも、想うことの強さも、夢の儚さも。

わたしは、あなたとのお別れを経て、あなたに恋した、そしてたぶんあなたにとっても恋人だった、『モノノフ』になります。

夢なんかじゃない、あなたの居なくなった世界で生きていくたった4人の女の子たちへ、サイリウムの海を見せ続けたい。

ももか。
ありがとう。

さよなら。