ミエのカーテン

ももいろクローバーZが好きなピンクのモノノフです

【ももクロ】春の一大事2014 国立競技場大会

 
 
 
いやー。
過ぎましたね、『通過点』。
 
これを書いているのはもう19日で、国立2day’sからは三日が経過しているわけなんですが、いまだに、ももクロちゃんが見せてくれた夢の余韻から抜け出せないままです。
 
もう、言葉にすればするほど野暮な気がして、言葉なんていらんかな、と思ってはいるのですが、余韻が消えてしまう前に、何かしらの形を残しておきたい気持ちもあり、やはりブログを書くことにしました。
 
レポートではなく、わたしが感じたことを、そのまんま、書き留めておきます。
 
 
 
まず一日目を終えて、二日目を目前にした朝、わたし、その時の感情をTwitterで呟いたんですよ。
 
そしたら、それを読んだらしい仲間が、二日目が終わった後に口を揃えて、
「ミエさんこれからどうするの!?」
と言ったのですよw
 
その辺も含めて感想を書きたいので、まずは、一日目と二日目の間に呟いたことを、原文そのままで引用しますね。
 
 
 
----------ここからTwitterの引用----------
 
 
国立一日目を終えて。
なにが最高のライブだとか、なにが最高のパフォーマンスだとか、もう、わからなくなってしまった。
ただ、胸がいっぱい。
ももクロちゃんたちを見てると、胸がいっぱいになる。
 
ここが好き、こうだから好き、推しに関しても好きな理由なんていくらでもあるよ。
でも、なんかもう今まで言葉にしてきたももクロちゃんたちを好きな理由は、過去映像のように全部、過去という積み重ねになってて、あの子たちの姿にひたすら元気をもらえるし、叱咤激励されてる事実を、シンプルに感じた。
 
二日目を前にして、本当に正直なことを言うと、ももクロちゃんのライブは国立を最後に一区切りつけようかな、って昨日まで思ってたし、もしかしたら今日見て、また思うかもしれない。
悪い意味じゃなくて。
他にもそういう人はいるだろうし、応援の仕方が、在宅という形に変わるだけで。
 
でもさ、夏菜子が「ここはパワースポット」って言ってみんな笑ってたじゃん。
わたしも全くおんなじこと思っててさ。
好きだから生で見たいっていうんじゃないんだよね。現場のあの熱量を浴びると、スコールにうたれた後みたいに、もうなんかびっしょびしょのぐっちゃぐちゃで、すっきりする。
 
わたしね、今年は現場はだんだん控えて行こうと思ってて、周りにもそう言ってるんですよ。
それは自分の環境的な問題なのだけど、ただ、今回の国立というのはやはりとてもわかりやすい節目で、今日、二日目を最後に、何かしらの答えを出そうと思ってた。
 
「それでも答えは出せないよ」って夏菜子の声がずっと頭の中で響いてる。
 
昨日の一日目、たくさん泣いたけどさ。
泣いた理由なんて、もうわかんないよ。
後付けだよ。
整理しきれないよ。
もちろん5人が見たくて来たけど、アリーナ席に入場していちばん最初に泣いたのは、国立にぎゅうぎゅうに詰め込まれたカラフルな景色に泣いたんだよ。
 
ぎゅうぎゅうに詰め込まれたカラフルな景色の中心の聖火台の前に、ももクロちゃんたち5人が、ももパンの衣装で現れた時に泣いたのは、「わたしたちはここまで来たよ」って、とてもシンプルに彼女たちが表現してきたからなのかな。
 
確かに、ももクロのシンデレラストーリーは紅白で完成されてて、その延長戦で国立があって、今日の二日目、国立で本当にシンデレラストーリーは終わるのかもしれない。
それが怖くて、本当に素直な気持ちを言うと、昨日・今日が来るのが怖かった。
 
もっと言うなら、シンデレラストーリーを追ってきた人たちが、その完結編に満足してしまうのかもしれない。
それから、ものすごいスピードで成長して遠くに遠くに行ってしまうももクロちゃんの姿に、着いていけなくなってしまう地点が、国立なのかもしれない。
そう思って怖かった。
わたしもそうだから。
 
日産スタジアム2days14万人て聞いた時、正直、それって今のももクロちゃんたちにとって、そんな大きな壁か?って思って。
でも、もはやシンデレラになってしまい、ストーリー性を切り離して闘わなきゃいけない今の彼女たちにとっては、今までと全く違う壁なのかもしれないと思った。
 
今日、二日目が正念場だと思う。あらゆる意味で。
 
うまく言えないな…もどかしい。
 
一日目、凄く良かったし、大好きだし、胸いっぱいだけど、それとは全く別の冷静な部分で、今日、「ももクロはもう本当に完成されたんだな」と思われてしまうことが、怖い。
二年前の春の一大事二日目を思い出すと、怖い。
 
ゲストに頼らず、MCも削れるだけ削り、長丁場をやめて濃縮還元した味付けのライブで、過去からの奇跡と軌跡を聖火台に届けたのが昨日なら、今日はどうするんだろう。
どうなるんだろう。
 
「私たちには過去も先のこともない。もしかしたら、考えさせる暇をあえてもらえなかったのかもしれない。ももクロには今しかない」
繰り返し言ってた夏菜子の言葉が、ずっとリフレインしてる。
 
こんなに期待より不安が大きいライブ直前の感覚って、今までに無いな。
 
パフォーマンスは安定してるだろうさ。
演出も押さえるところを押さえてくるだろうさ。楽しいライブになるだろうよ。
でも、一日目を終えての最初の言葉が、「明日どうするんだろう」だったんだよ。
 
この「二日目どうするんだろう」っていう不安て、「これからどうなるんだろう」っていう不安そのものなんですよ。
 
あーーーーーーーーーー
 
叫びたい  ただ叫びたい
 
紅白からの国立、と、わたしたちって今までとてもわかりやすいストーリーを与えられてきたじゃないですか。
そのストーリーが終わってしまうんじゃないかっていう、恐怖感なんですよね、単純に言うと。
 
あかん、昨日の一日目の「ストーリーを振り返る」というコンセプトに感傷的になってるな。
ちっちゃな人間であるわたしの不安を、笑いながら吹っ飛ばしてきてくれたももクロちゃんたちの力を信じて、今日も楽しむ!
 
 
----------ここまでTwitterの引用----------
 
 
 
「答え出た?」
 
二日間の国立を終えて、ストレートに聞かれました。
ちょうど一年前の三月、五次元ツアーの初日に大阪で出会って、この一年ずっと一緒にももクロちゃんを見守ってきた仲間からの言葉でした。
 
「だって夏菜子が見守ってて欲しいって言うんだもん」
 
と、何を考えるでもなく、自然に答えてました。
 
 
 
わたしは結構、破天荒な生活をしてますけど、これでも二児の母なのでね。
 
ももクロちゃんたちのことは人間として尊敬しつつ、見守る心境には親的な目線が強いんですが。
 
親業をやってらっしゃる方にしかわからないことかもしれませんが、子供の成長過程って、生まれて鳴き声を上げて、ぐらんぐらんしてた首が座って、寝返りをうてるようになって、腰が座ってお座りができるようになって、つかまり立ちができるようになって、一人で立てるようになって、そこから一歩ずつ、歩けるようになるんですよね。
 
これらのことが生まれてから一年間で…思えば、たったの一年間で、できるようになるんですよ。
 
そして、よちよち歩きから、だんだん歩みがしっかりしていって、走り回れるようになって、ジャンプもできるようになる。
 
そういう成長の手助けをしながら、だんだん子供の『手が離れて』いって、ある瞬間で、
「あ、もう手を離して大丈夫なんだ」
と思う瞬間が、親には訪れるものなんですよ。
 
子供が自由に走り回れるようになった姿を見て、それがどのタイミングかは、はっきりとは言えないんですが、ほんとに、ふと、あ、もう大丈夫なんだ、って。
自分の役目は、一区切りだなって。
そう思う瞬間が、あるんです。
 
国立一日目が終わった時、ももクロちゃんたちに対して、
「もう彼女たちは、手を離しても一人で走り回れる時期なんだな。親にすがりつくことも、しなくてすむんだな」
と、思ったんですよ。
だったら、あとは見守るだけだ、と。
 
それは実は、去年の春の一大事、春西武の時にも感じていて。
でもあの時はね、生バンド、という、今までにない試みを始めた瞬間だったので、
「あっ、これはまだ目が離せん!」
ってなったんですよ。
もともとわたしはロック畑の人間だったので、ダウンタウンももクロバンドによく参加している、西川進の大ファンだったのも大きくて。
 
と同時に、
ももクロはまだまだ遠くへ行ける!」
と。
 
Twitterから引用した文章で、『二年前の春の一大事二日目を思い出すと、怖い』と書いた意味は、ももクロはもっと遠くへ行ける、と一番可能性を感じたのが、二年前のその日だったからです。
 
 
 
で、今回の春の一大事。
国立を最後に現場は卒業かな、と、去年よりも強く、明確に思っていて。
 
見守るだけなら、現場に行かなくても大丈夫じゃないですか。
現場は、どんどん入ってくる新しいファンに任せていけばいいかなって。
そうやってファンも新陳代謝することによって、芸能って長生きしていくものだから。
 
それと、
「まだまだ行ける!」
という感覚が、国立というゴールを最後に終わってしまうのかな、と。
 
国立は通過点、という言葉を信じたいと思いつつも、もうぶっちゃけて言ってしまえば、これがピークじゃないかと。
 
だけど、二日目、一日目と全く同じセトリの13曲をやった後の、ネオスタからの流れと、最後の言葉。
 
ももクロちゃんたちは、自分たちと一緒に歩いて欲しいって。
あのあーりんが、言葉に詰まりながら、一緒に居て欲しいって。
 
そう言ってた。
 
わたしは『悪い大人』だから、一生をももクロに賭けると言った彼女たちの気持ちに応えたくても、一生追いかけるなんて、口が裂けても言えない。
どこかのタイミングで、たぶん自分がももクロという居場所を卒業するのも、わかってる。
 
でもそれは今じゃない。
 
それが答えでした。
 
 
 
これからも、彼女たちの手を離さず、現場で、できうる限り声の届くところで、ももいろクローバーZという笑顔の種に、幸せをもらいに行きたいです。
 

 

拙い文ですが、ももクロちゃんに敬意と感謝と愛情を込めて。