ミエのカーテン

ももいろクローバーZが好きなピンクのモノノフです

ジュゴンの見える丘




ジュゴンの見える丘へ行ったのは、もう半年前の話になりますが。
 
今朝方ふと、ランダムでBGMを垂れ流していたiTunesから、Coccoさんの『ジュゴンの見える丘』が聴こえてきましてね。
 
ちょうどiPhoneの待ち受けをジュゴンの見える丘から撮った風景に(夏っぽく)変えたところだったのもあって、急速に、2月の沖縄旅行に気持ちが引き戻されまして。
 
思い出したら記録に残さずにはいられなくなったので、2013年2月中旬の沖縄旅行での一幕を、少し書き残しておきます。


まあ四の五の言うより、まずはこれ見て下さい。
 
 

 

通称『ジュゴンの見える丘』からの景色です。
 

ジュゴンの見える丘という呼称自体は、Coccoさんの曲名により有名になったもので、現地の人にはそこまで浸透した名称ではなかったそうです。
 
実際、前夜に寄った那覇市の居酒屋で、女将さんに、
「観光はどちらへ行かれるの? 首里城美ら海水族館?」
と訊かれ、
「いえ、ジュゴンの見える丘です」
と答えたところ、あまりピンときていなかったようでした。
 
「変わったところへ行かれるのね」
と最初は訝しがられましたが、私はもともと外地の人があふれる観光地らしい観光地には興味がなく、現地の人の暮らしや静かな文化に触れるのが好きなのです、というような答えを返したら、女将さんも納得して、嬉しそうに沖縄料理の話をしてくださいました。
 
私がお酒に強いとわかるとなると、即、豆腐よう(島豆腐を米麹、紅麹、泡盛で発酵させたもの)を出されましたがな。
 
 
話を戻して、ジュゴンの見える丘の場所は、沖縄県の名護市の東側にあります。
 
とはいえ、がんばって特定しても素人がいきなり行くのは無理がある場所なので、行かれる方は現地の方にガイドを頼んで下さいね。
あと、細い山道を20分ほど歩くので、スニーカー推奨です。
 
 
私たちの時は、沖縄に出発する前にまず、
 
「じゅごんの里」
 
こちらに問い合わせ、担当の方と事前に連絡を取り、当日はレンタカーで名護市の久志にある「じゅごんの里」近くで、ガイドの仲曽根さんと落ち合いました。
 
待ち合わせ場所からジュゴンの見える丘の近くまで車で移動し、その後、丘へは徒歩で登って降り、計1時間30分ほどの案内をしていただきました。
 
 
仲曽根さんは、丘の周辺の集落の青年会に所属していて、「じゅごんの里」で、ジュゴン、ひいては辺野古・嘉陽周辺海域の保護活動をしていらっしゃる方でした。

あまり政治色の出る話はしたくないのですが、普天間基地の移設問題と言えばピンときますかね…。
 
といってもバリバリの活動家です!といった雰囲気とは180度違う雰囲気の方で、素朴で、歳はたぶん私とそんなに変わらないだろうなという印象でした。
 
比較的、物静かというか、シャイな方だったので、こちらから質問を繰り返してお話しながら、丘までの小径を歩きました。
 



丘に近づくにつれ、鬱蒼とした森の切れ目から景色がだんだん広がっていき、到着した場所は少し開けた、まさに丘でした。
 
現地の方が手入れをしているんでしょうね、芝生状に草が刈り取られ、キャンプやBBQくらいはできそうな広さのある場所でした。


 
 



通常のコンデジでド素人が撮って、色も何も加工していない状態です。

 

言葉を失う景色ってこういうものを言うんだと、せめて写真だけでも見て下さい、としか言いようがないです。

 
お恥ずかしい話ですが、ただ海を見てるだけで泣いたのは初めてです。
いや確かにもともと涙もろいですけど!
 
この景色を写メした友だちにも言われました。
 
「言葉を失うような美しい景色って、触れるか触れないかでその人の豊かさ変わると思う」
 
丘から見た海は、見下ろしてるのに見上げているような錯覚がするくらい広く、空みたいに遠くて、見たことの無い碧さでした。

 


この写真のちょうど山の稜線をたどったところ、青色と碧色の境目の白波が立っているところが珊瑚の切れ目で、コーラルリーフといって、ここが天然の珊瑚の離岸堤、消波ブロックの役目をしているそうです。
 
そして、この写真だと、青色と碧色の切れ目が奥まっていて、入り江になっているのが見えるかと。
 
この入り江に、夜、ジュゴンが藻を食べにやってきていたそうです。
過去形なのは、近年、この入り江でジュゴンが観測されていなかったからです。
 
 
しかし、この2013年7月11日、この記事を書いているつい先月のこと、辺野古の海で8年ぶりにジュゴンが観測されたとのニュースが!
 
 
この丘から見える海域が、ジュゴンがやってくる最北端であること。
 
今となっては大きな声では言えないものの、仲曽根さんのおばぁ(お祖母さん)の時代、沖縄が戦火に包まれていた頃は食糧が無く、この入り江にやってくるジュゴンを捕獲して、生き延びたこともあったこと。
 
サンセット側のアミューズメントになっているビーチもきれいだけど、この東の海で見るサンライズも非常に美しいのだということ。
 
風葬の習慣があったころに葬儀を行っていた別の丘に、集落の人間でお参りに行くこと。
 
また、タイミング的に、季節風の回る春先に、これだけの晴天に恵まれるのは非常にめずらしいこと。
 
それから、キャンプ・シュワブのこと。
 
さきほども書いたように、政治色の強い話は、ここでするのは本意では無いので、思っていることは省きますが、自分の目で見ないとわからないことが目の前の海に広がっていたことだけは、記しておきます。
 
 
一時間弱くらいでしょうか。
口下手な仲曽根さんと、ぽつぽつと話をしながら、ただただ、ひたすら海を見ていました。
 
 
あの海に対しては何を言っても口幅ったく、また、こうした旅の思い出をつづるのはちょっと気恥ずかしいことではありますが、また必ず、あの丘に帰りたいです。
 
そんなふうに、帰る、という言葉が、とても似合う丘でした。
 
 
今日は、奇しくも終戦の日ですね。
 
そんな日に、こんな記事を書こうと思い立ったのも、何かの縁と思って、終いにします。